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- 光復節前夜音楽会がソウル市で開催された。
- 指揮者のハム・シンイクとオーケストラ「シンフォニーS.O.N.G」が公演を行った。
- 公演のテーマは「希望と喜びの歌」。
- 韓国の韓悳洙(ハン・ドクス)首相は光復節に合わせて特別赦免・復権を行うことを発表。
- 特別赦免は経済に活力を吹き込み、庶民や社会的弱者の再起を図るために実施。
- 約80万人に対する行政制裁減免措置を通じて庶民に生業活動の機会と希望を与える。
- 経済回復のために経済人も恩赦の対象に含める。
- 特に中小企業家と小規模事業者を積極的に恩赦の対象に含める。
- 韓国経済の再び飛躍するきっかけになることを期待。
- 韓国政府は光復節の翌日付で2176人に特別赦免・復権を行うことを発表。
- 特に経済の活性化に重点を置き、多数の企業関係者も対象に含まれる。
- 政治家と上級公職者7人が特別赦免の対象になり、その中には元ソウル市江西区長の金泰佑氏も含まれる。
- 金泰佑氏は公益通報者として不正を暴露し、公務上秘密漏えいの罪で懲役1年、執行猶予2年の判決を受けていた。
- 他にも企画財政部長官や韓国産業銀行会長を務めた姜万洙氏なども復権した。
- 大企業関係者の中には富栄グループ創業者や錦湖石油化学グループの名誉会長、ロッテグループ創業者の長女などが含まれる。
- 軽微な防疫規則違反者や新型コロナによる資金繰り悪化の影響を受けた中小企業・小規模事業者も赦免対象になる。
- 行政制裁の対象者には特別減免措置が施行され、模範囚には仮釈放が認められる。
- 日本に生存していた100歳の独立功労者オ・ソンギュさんが韓国に帰国した。
- オ・ソンギュさんは金浦空港で歓迎され、国立ソウル顕忠院で帰国を報告した。
- 韓国政府代表団が日本を訪れてオ・ソンギュさんを帰国させた。
- オ・ソンギュさんの帰国により、韓国国内で生存している独立功労者は8人になった。
- オ・ソンギュさんは15日に光復節記念式典に出席する予定。
- 光州市北区庁の職場内保育所の子どもたちが光復節を祝うイベントを開催した。
- 光復節は日本による植民地支配からの解放を記念する日で、8月15日に祝われる。
- 子どもたちは太極旗模様のうちわや風車を振って祝いを表現した。
- イベントは光州市北区庁の前広場で行われた。
- ソウル中央郵便局で光復節を記念した切手が発行された。
- 切手のテーマは「大韓独立に献身した外国人」。
- 切手にはカナダ人医学者・宣教師のフランク・ウィリアム・スコフィールドと英国人のジョージ・ルイス・ショーの肖像が描かれている。
- 韓国のソウル警察庁サイバー捜査隊が、光復節の日にソウル市庁を爆破すると予告するメールが送られた。
- 警察は送信者を探しており、最大野党の代表を狙った脅迫メールや爆破予告メールと同じ手口とみている。
- メールは実在する日本人弁護士名で送られ、法律事務所の住所や連絡先も記されていた。
- 韓国警察は日本の警視庁に協力を要請し、送信者の身元特定や身柄確保を目指している。
- 以前にも李在明代表を殺害するというメールや爆破予告メールが送られていた。
- 韓国のZ世代の約4人に1人が光復節についてよく知らないと回答した。
- データコンサルティング会社のPMIが3000人を対象に調査を行い、Z世代の11.2%が光復節について全く知らないと回答した。
- 光復節について「とてもよく知っている」と回答したのは1964年より前に生まれた世代が最も多かった。
- 光復節の祝日を利用して日本旅行に行くことについて、回答者の29.5%は「いつどこへ行っても個人の自由」と答えた。
- 光復節に日本旅行に行くのはできるだけ避けるべきとの回答が50.6%で最も多かった。
- 日本の植民地支配に抵抗した大韓民国臨時政府の「光復軍」の一員だった独立功労者のオ・ソンギュさん(100)が日本から帰国した。
- オさんは中学生の時に抗日運動に参加し、満州を脱出して中国の光復軍に入隊し、独立運動を展開した。
- 1945年に光復を迎えた後は同胞を保護などに献身し、1990年には建国勲章を受章した。
- オさんは日本で長く暮らしていたが、祖国で最期を迎えたいと希望し、政府代表団が彼を迎えに行き、帰国が実現した。
- オさんの永住帰国により、国内で生存する独立功労者は8人になった。
- オさんは14日に健康診断を受けて、15日の光復節の記念式典に出席する予定。